野田暉行 公式サイト Teruyuki Noda -Official Site-

アナウンサー後藤美代子さんと

1988年8月ショパン 掲載 「TERUYUKI NODA‘S WORLDすきに話そう、音楽のいろいろ」より  

「いろなことをやると底が浅くなるし、専門職は専門職だけでいいと思うんです。」――第7回目はアナウンサー後藤美代子さん

 

 

後藤美代子さん

今回はかの有名な名アナウンサーの登場です。音楽をはじめあらゆるジャンルの番組を、美しい声と端正且つ正格な日本語で、深い味わいの落ち着きの中に届けて下さった後藤さんは、NHKの一時代、いや日本の一時代 を担った方だと言っていいでしょう。真にプロと言うにふさわしい存在です。(野田暉行・H23記)

     
Ⅰ. 日本で上演されたものはほとんど見ました

野田 僕がプロの方にインタビューするなんておこがましいんですが・・・(笑)大変なんでしょうね。インタビューなさる時って。

後藤 私は初対面の方に人見知りするほうなんで、ドキドキオドオドしながらやってます。


野田 ウソでしょう!?

後藤 見てらっしやる方にはそう見えないらしいんですが(笑)

 

野田 ぜんぜん見えない!(笑)いつもお見事ですもの。

後藤 野田さんは小さい頃からいろいろな楽器に親しんでいらしたとか。

 

野田 あっ、早くも立場逆転(笑)どうしてご存知なんですか!?

後藤 書いてありました。

 

野田 どこに!?(笑)NHKの資料かなあ・・・。

後藤 優れた音楽環境におありになったんですか?

 

野田 いや、まったく劣悪な音楽環境にありまして・・・ なんかプロのペースに巻きこまれそうだな(笑)。ただ、母が楽器をよく買ってきたんです。

後藤 ああ、そうでしたか。

 

野田 楽器はなさいませんでした?

後藤 小学校時代ピアノを習わされまして。

 

野田 やっぱり!

後藤 ピアノは嫌いじゃなかったんですが、お稽古が嫌いで、先生の家を2、3度大回りして帰ってきまして。

 

野田 アハハハ、そうですか。

後藤 さんざんサボったものですから戦災で焼けたピアノを戦後今度は本当に弾きたいから買ってほしいと申しましたら「あんなにイヤだと言ってたからだめです」と言われました。

 

野田 アララ、もったいない。

後藤 女学校の同級生に井内澄子がいまして、彼女は家にピアノがないので学校で朝から夕方まで弾いてました。

 

野田 井内さんと同級でしたか。

後藤 ええ。それから二期会の牧三都子と吉野直子さんの母親も同級です。

 

野田 ずいぶん優秀な学年ですねぇ!

後藤 また担任の先生が上野をお出になったきれいな先生で、音楽の試験で『君よ知るや南の国』をお歌わせになったんですよ。

 

野田 なかなかハイカラですね。

後藤 ええ。あの先生からはかなり音楽的に影響を受けたと思ってます。

 

野田 具体的にどんなふうな?

後藤 う~ん・・・音楽に対する気持ちとか・・・ほんとはね、私、高校の時声楽家になりたかったんです。

 

野田 あっ、きっとそうだと思いました。声はもちろんお姿を拝見して。

後藤 フフフ・・・だけど芸大を受けるにはそれこそピアノをやっていないとだめだと言われて。

 

野田 ピアノはどのくらいなさったんですか?

後藤 ふつうの人が落っこちる辺でちゃんと落ちました。

 

野田 ソナタぐらい?

後藤 ええ。

 

野田 ソナタをお弾きになれれば充分ですよ!声楽家になってらしたら、はまり役がいっぱいありますね。ミミとかミカエラとか。

後藤 そっちのほうは向かないと思いますよ、私。

 

野田 じゃあ、ケルビーノですか?

後藤 ええ、そっちだと思いますね、可憐さというのは私にはぜんぜんありませんので(笑)。

 

野田 そんなことないですよ!ほんとにオペラにお詳しいですね。

後藤 それはNHKにいたおかげですね。日本で上演されたものはほとんど見ましたから。

 

野田 すばらしい! ピアノは今もお弾きになりますか?

後藤 いいえエ~、主人はひまな時にポロンポロン弾いてるんです。子どもにも習わせたんですけど、やはり自分がいやだったものをちゃんとやりなさいとは言えないんですね(笑)。

 

野田 ハハハ、無理にとは言いにくい。

後藤 40、50歳になっても弾いている父親の姿を見るといいんじゃないかなと思ったんですが、それじゃだめだったみたい。母親がしっかり弾かなかったから(笑)。


 

Ⅱ.きちんとした日本語をしゃべっていただきたい へ続く



Ⅱ.きちんとした日本語をしゃべっていただきたい

野田 NHKの内部、ずいぶん変りましたね。

後藤 そうですね。音楽芸能でもその道を一すじで良く知っている人が次々いなくなって後継者が育っていなかったりする。演芸とポピュラーとクラシックと邦楽といろいろな分野がありますから。

 

野田 我々としても残念ですね。後継者を育てようとしなかったんですか?それともシステムの問題?

後藤 育てようとしなかったというのもあるみたい。要するにオールマイティがいいという考えなんですね。

 

野田 この頃そういう傾向ですね。

後藤 ええ。アナウンサーもアナウンスだけでなく、番組も作れなくてはいけない、取材もできなくてはいけないと・・・。

 

野田 うーん・・・キャスター化というのでしょうか。プロデューサー化?

後藤 ジャーナリスト化とでも言うのかしら。でも私は、いろいろなことをやると底が浅くなるし、専門職は専門職だけでいいと思うんです。

 

野田 僕もそう思います。それを全員に強いるなんてファッショ化だと思うんですが。いつ頃からそうなっちゃったんですか?

後藤 そうですねぇ、ここ・・・

 

野田 数年ですか?

後藤 ええ、そうですね。かなり民放化してますでしょ、この頃。私、あれが気に入らないんです。

 

野田 同感! 民放への憧れがあるんでしょうかね?

後藤 若い人にはあるみたいですね。

 

野田 ついでだから言っちゃいますといろいろ気にくわないことがある中で今特に気にかかるのがニュースなんです。放送はある種の教育機関でもあると思っているのですが、格調ある言葉をしゃべっていただかないと・・・

 

後藤 ええ、リポーターや記者の方もナマっていたのではねぇ・・・。

 

野田 そういうのやっぱりお嫌い?

後藤 ええ、アナウンサーばかりではなく記者の方にもきちんとした日本語をしゃべっていただきたいですね。

 

野田 でもそういう内部の声というのは反映されるんですか?

後藤 いや、いくら言ってもだめです。この前クラシック番組が激減した時期がありましたでしょ?

 

野田 ありました、ありました。

後藤 あの時もさんざん中で言ったんですけど、クラシックは聴かれてないんだと言うんです。

 

野田 そうなんですか。

後藤 ロック番組などの聴取者は″とてもよかった、またぜひやってほしい″と反応してくるんですが、クラシックファンはおとなしくて、よかった時は何も言わず、文句だけを寄せるんです。

 

野田 ああ、いい時は自分だけで感動してるんですね。

後藤 ええ。で、聴かれてないと判断されていざ番組が減りましたら、ウワッと反響がありまして、私はそこでようやく「ほ~ら、ごらんなさい!」と留飲を下げました。

 

野田 全くだ。

後藤 反響が大きいということでは、ブーニンが優勝した『ショパン・コンクール』。あれにはスタッフのみんなもびっくり、やった私もびっくり。

 

野田 あの放送は、ほんとうに驚きでしたが、その後がまたねえ・・・。

後藤 ええ、私自身もブーニンには驚きましたが、それよりあんなに世間的に大騒ぎになったということに驚きました。

 

野田 そうですね。特定の人だけではなく、ずいぶん多くの人が聴いてたんですね。

後藤 ええ。

 

野田 ところで、ショパンの読者の方々にも、今後心してNHKに意見を旨っていただくようお願いしなくてはなりませんね。

後藤 そうですね。



Ⅲ.心身ともタフじゃないともちませんね  へ続く



Ⅲ.心身ともタフじゃないともちませんね

野田 アナウンサーというお仕事は体力的にハードですか?

後藤 ハードですよ。年中食事をしそこなうし、胃が悪いのはアナウンサーの持病と言われてます。私もいつの間にか胃潰瘍ができて治ってました。

 

野田 そうですか。気を遣われるお仕事ですものね。

後藤 ええ、心身ともにタフな人じゃないともちませんね。

 

野田 声も体調をモロに反映しますし。

後藤 疲れたりどこか痛いところがあると、やせた声しかでないですから。

 

野田 朝なんか声の調子はよくないんじゃないですか?

後藤 みんなそう言いますけど、私はすぐでますね。

 

野田 さすがプロフェッショナルですね。僕なんか小学校の頃はボーイソプラノでいい声だったんですが今はいつも声が不健康でましてや朝はだめです。

後藤 あら、生活を夜型から朝型にお変えになったとかって・・・。

 

野田 また夜型に戻っちゃいました。

後藤 でも作曲家の方はだいたい夜型でしょうね。

 

野田 ええ、だめですね朝は。後藤さんは健康のために何かやってらっしゃいます?

後藤 今まではけっこう仕事でとびまわってましたからね。

 

野田 えっ、そうですか?

後藤 はい。局で万歩計をつけて歩いた人がいまして、1日で1万何歩、歩いてたそうですから。

 

野田 NHKの中でですか!?

後藤 ええ、あそこ広いですからね。あとは私、ゴルフをしております。

 

野田 後藤さんがゴルフを!?いつ頃からですか?

後藤 40歳前後からですね。あれはストレス解消になります。ボールを憎らしい上役に見たてて、エイッて打てばね(笑)。

 

野田 ハハハ、なるほど。

後藤 なまじの男の人より飛ぶんですよ、なんて言ったりして(笑)。



野田 すごい!(笑)。スポーツはお好きなんですか?

後藤 ええ。あのォ・・・学生時代はバレーボールの選手だったんです。



野田 あれエ~、ちょっと意外!(笑)。じゃあ走るのもお速い?
 
後藤 速い。リレーのアンカーで運動会は花形でした。



野田 ウワッ、スターだ!


後藤 退職したら水泳をやろうと思ってるんです。



野田 お若いですね。


後藤 まあ、多少は若く見えるらしくて、先日も講演で「定年退職いたしまして」と言いましたら「あらあ!」という声が聞こえるんです。

 


野田 そうでしょうね。


後藤 だからわざと言ってみたり(笑)。

 


野田 いや、ほんと。後藤さんを定年になさるなんて、NHKも柔軟性がなさすぎますよ。

後藤 いえいえ、少し早く生まれすぎたんだと思ってます。それにアナウンサ-はあんまり年を取ってると無理な仕事だという気がしますしね。
 

野田 そりやあ70、80歳になればそうでしょうけど。

後藤 アハハ……でも世間的には60歳っていうと、とても年を取った人という印象があるみたいです。

 


野田 人によりますよ。その人の外見や健康度にもよるでしょうし。これからは悠々自適ですか?

後藤 60ぐらいまでは番組を手伝うとか何かしらしなければと思ってます。

 

野田 それは嬉しいですね。後藤さんの声は後藤さんの声であってみんなの声でもあるというところがありますから。オペラが終ったあと後藤アナウンサーの声が聞こえると落ちつきますもの。

後藤 ありがとうございます。でも、定年になったあと顔は老けてきていやだから声だけで音楽番組をやりたいと思ったんですが、FMは予算がないから使えないと言われまして、『オペラアワー』もやめました。

 

野田 エッ!? 予算がないって?

後藤 つまり、番組ごとに予算がありまして、1000円ぐらいから何千円位のもあるんです。局のレコードでディレクターが原稿を書いてアナウンサーに原稿を読ませればそれぐらいですんじゃう。ところが私のようにフリーになるとお金を払わなければならなくて、そのお金がないと。

 
野田 おかしいな。お金はあるはずですよ。僕も視聴料払ってるし(笑)

後藤 私も「じゃあ民放でやってもいいんですか?」と嫌味を言ったりしました(笑)。

 

野田 あちらさんは何と?

後藤 ムニャムニャと・・・(笑)

 

野田 いやあ、ぜひ続けていただきたい。

後藤 でも「あの人のアナウンスはよかった」と言われるところで消えたほうが無事かなと。老兵は死なず消え去るのみです。

 

野田 いや、死なず消えずで!(笑)

後藤 私の頭の中で常に言葉の断片がヒラヒラ飛んでいるわけですよ。テレビを見ていても電車に乗っていても気になってしかたがない。

 

野田 ああ、やっぱりプロフェッショナル。そういえば、我々もふつうの人が気にならない音が気になったりしますね。

後藤 そうでしょうね。でも私、その言葉の呪縛からそろそろ解放されてもいいなと思ってるんです(笑)。

 
野田 とんでもない! 後藤さんの存在は絶大ですよ、日本にとって。

後藤 いえいえ。ただ私、現代みたいに激しく言葉が変るのは好きではないので、正しく美しい日本語を残していくような何かはしたいと思っています。

 

野田 それはもう、ぜひお願いしたいですね。 ショパンの読者の皆さん!後藤さんの番組が残るようぜひNHKに投書致しましょう。

後藤 でもそんなことになったら、私緊張してしまいそう(笑)。

 

1988年8月ショパン 掲載 「TERUYUKI NODA‘S WORLDすてきに話そう、音楽のいろいろ」より 
――第7回目 アナウンサー後藤美代子さん